実相山 正覚寺(じっそうざん しょうがくじ)を取材(しゅざい)しました!〜伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ) 鬼子母神(きしもじん)のお寺

2017年3月2日

取材団(しゅざいだん)は、区役所近くにあるお寺、正覚寺(しょうがくじ)で、寺務員(じむいん)の井上さんにお話を聞きました。
 正覚寺(しょうがくじ)は、歌舞伎(かぶき)「伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)」の題材となった、伊達騒動(だてそうどう)で知られる三沢初子(みさわはつこ)ゆかりのお寺だそうです。
お寺の中を見学 取材の様子
▲お寺の中を見学!        ▲取材(しゅざい)のようす


 

インタビュー・・・・・・・・・・・・・・・・・・
Q. 正覚寺ができたのは、いつごろですか?
A. 約400年ほど前です。

お寺のマーク(寺紋:じもん)
▲お寺のマーク(寺紋:じもん)

Q. 正覚寺をたてたのは、だれですか?
A. 寶泉院(ほうせんいん)日栄上人(にちえいしょうにん)、
正覚寺の初代のお坊(ぼう)さんです。

日栄さん

Q. なぜ、正覚寺という名前なのですか?
A. 日栄(にちえい)さんが日蓮(にちれん)さんの教えを人々に
正しく覚えてもらいたいと考えて、正覚寺という名前になりました。
※日蓮(にちれん)さんとは、鎌倉時代(かまくらじだい)に、日蓮宗(にちれんしゅう)を開いたお坊(ぼう)さんのこと。

Q. お寺の横にある銅像(どうぞう)は、何を表しているのですか?
A. 三沢初子(みさわはつこ)さんという人です。お寺が苦しい時に、この方のおかげでお寺が持ち直したという、お寺にとって大事な人です。

銅像2

Q. 一年に何人ほどの人が来ますか?
A. 数えきれないほどたくさんお参(まい)りに来ます。

Q. お寺に来る人はどんな目的で来ますか?
A. お参(まい)りや先祖(せんぞ)の供養(くよう)、朱印(しゅいん)などで来ます。

Q. お寺のお墓(はか)には、だれが埋葬(まいそう)※されていますか?
A. 全部で800基(き)ほどのお墓(はか)があります。有名な人では、三沢初子(みさわはつこ)さんとそのご両親が埋葬(まいそう)されています。
※埋葬(まいそう)とは、死んだ人の骨などを土にうめること。

取材(しゅざい)メモより
・境内(けいだい)には、日蓮(にちれん)さんをまつったお堂や鬼子母神(きしもじん)をまつったお堂があった。
・十二日講(じゅうにちこう)という特別なときしか見ることのできない日蓮像(にちれんぞう)を見せてもらった。

日蓮さん

・三沢初子(みさわはつこ)が使っていたふすまが、お寺の一部に使われていた。

台座の下の画

SD_sg-6
▲取材(しゅざい)中、特別に、紗羅壇(しゃらだん)という台座(だいざ)の下の絵を見せていただきました。この絵は、約350年前にかかれた、ふすま絵だそうです。


メンバーの感想

三沢初子(みさわはつこ)さんの家を取りこわし、その部材が正覚寺に使われていたことにおどろいた。(まなの)

SD_sg-8

※三沢初子(みさわはつこ)さんの希望で、死後、自分が住んでいた家をこわし、その木材などを使って、正覚寺のお堂がたてられた。

正覚寺のことをたくさん知ることができた。また、有名な伊達政宗(だてまさむね)の子孫(しそん)、綱宗(つなむね)とつながりがあった※ことにはおどろいた。(ナッキー)
※三沢初子(みさわはつこ)は、綱宗(つなむね)の側室(そくしつ)だった。

三沢初子(みさわはつこ)さんが、伊達家(だてけ)に関係があるとはしらなかった。幼いわが子と生き別れて、悲嘆(ひたん)し、毎日のように鬼子母神(きしもじん)に参詣(さんけい)に行っていたことがひしひしと感じられる、哀(かな)しい母の思いがつまっているお寺でした。(R)

歴史が長くてびっくりした。(ルーク)

(取材のときはお休みしたので、レポート作成のときに)正覚寺のマークをかいたが、独特(どくとく)なマークだと思いました。(SaNa)


取材チーム:取材団
取材したメンバー:まなの、ナッキー、R、ルーク
イラスト作成  :SaNa
取材協力:実相山 正覚寺
    (東京都目黒区中目黒3-1-6)